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校長日誌 2022.11.08

感慨深い創立記念日 [校長日誌]

11月になりました。日ごとに秋が深まっています。11月1日は本校の創立記念日。例年、この日は休日です。今年度、この日に実施された美術部のスケッチ旅行に加えてもらい、倉敷に行ってまいりました。大原美術館の圧倒された作品の数々の見学、倉敷美観地区の美しさ(写真の白鳥にも)に見とれ、あっという間に時が過ぎていきました。 ↓大原美術館前にて美術部記念写真(左の彫刻は、ロダン作「洗礼者ヨハネ」) 今日は、そこでの感慨深い体験を少しご紹介します。 私は幼少の頃、倉敷で育ちました。親の仕事の都合で、数年ごとに引っ越しを重ねていたのですが、今回、スケッチ旅行の自由時間中に、年少から2年半ほど通っていた倉敷市内の幼稚園を思い切って訪ねてみました。 訪ねてみようと思ったきっかけの一つは、ある方から紹介された『日本の最も美しい教会』(文 八木谷涼子、写真 鈴木元彦)という写真集でした。カトリックだけでなく、プロテスタントの日本基督教団、日本聖公会、他にも日本ハリストス正教会の中から美しい教会が60以上掲載されており、何気なく眺めていたところ、倉敷の教会(日本基督教団倉敷教会)が目に留まったのです。そこには「110年も続く”天国への階段”をもつ教会」「国の登録有形文化財」という紹介、しかも、冒頭の説明に自分の出身幼稚園の名前があり、驚きました。何せ小さいときの記憶は、クリスマスの劇、園庭で遊んだことくらいでしたので、そのような由緒ある教会の敷地内にあったとは… 家でアルバムをめくると、園長先生(↓写真右側)とサンタクロースが写っていました。(この女性園長先生は、大正時代に幼稚園を創設されたということもあとでわかりました。私は転園した後、広島に移ってからも100歳以上生きられたこの園長先生に年賀状を出し続け、いつまでも見守っていただいた記憶もよみがえりました。) これまでも倉敷の姉妹校を訪ねたり、美観地区・大原美術館に行ったりすることはありましたが、幼稚園をいつか訪ねてみたいなと思っていたところの旅行。中高美術部員の温かな雰囲気の中におじゃまし、何よりも参与の先生方にお手数をおかけしながら、午前中の大原美術館、そして昼食まで一緒に過ごし、午後の自由時間(生徒たちはスケッチ)に、教会の牧師さんや信者さん、そして、転園以来の幼稚園を訪ねることができました。 訪ねた日、この幼稚園がちょうど創立100周年記念礼拝の日だった巡り合わせも感慨深かったです。木の床を踏みしめながら礼拝堂に入ってみると、写真のクリスマスの場面は、ここだったと再発見しました。(右のパイプオルガンは、のちに設置されたそうです。) 幼稚園からは、可愛い手作りの記念品もお土産にいただきました。ありがとうございます。 ホールには幼稚園の歴史の移り変わりが掲示してあり、「創設された1923(大正12)年、当時の園舎は、今のレストラン〇〇〇〇〇にあった」と書いてあったのを見て、またまたびっくり。え?さっき、皆でランチをいただいた場所でした。 ↓左の建物です。趣のある白壁の建物でした。 幼稚園では、若い先生方から、飾ってあった園長先生の写真を横に、「あの初代の園長先生の時代だったのですか?」と驚かれました。(大正時代ではないですよ。)ここまで生かされたことへの感謝、見守り、育てていただいた感謝の気持ちを抱きながら、急に3、4歳にタイムスリップしたような不思議なひとときでした。 日本基督教団倉敷教会だけでなく、近くのカトリック倉敷教会も訪ねてみました。その後、倉敷の美観地区に戻ると、スケッチやお土産の買い物を楽しんだ美術部員のにこやかな姿に出会えて、この感慨深い創立記念日(カトリック教会で11月1日は「諸聖人の祝日」)に改めて感謝しました。ちなみに、この日の倉敷は雨模様。とはいえ、生徒たちのスケッチ時間は雨が上がって少しホッとしました。さて、どのようなスケッチができたのか、また楽しみです。美術部員からの報告は「今日の清心」で紹介される予定です。 長い創立記念日物語を読んでくださり、ありがとうございました。 ********************* アルバムの表紙には、当時の教会の写真とみことばが記してありました。(ヨハネの手紙 一 4章16節) ********************* 感謝と祈りのうちに