校長日誌

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2021年03年10日 | 校長日誌

3月10日(水)、学年末テストが終わりました。生徒の皆さん、まずはごくろうさまでした。一方で、教員の学年末作業は猫の手も借りたいほどの時期です。4限は教科書販売。

一部の学年は宅配にさせていただき、美術書道展の設営も始まりました。そして、明日は中3のみ静修のため登校で、他の学年は家庭学習日。ということで、13時過ぎから全校で「東日本大震災 祈りの集い」を各教室にて行いました。

カトリック研究会の進行で、まず映像視聴(「花は咲く」の歌に合わせて)、高校生からの放送メッセージを聞き、最後に、全員で「東日本大震災被災者のための祈りⅡ」(2014年2月18日 日本カトリック司教協議会認可)を唱えました。

生徒のメッセージ「東日本大震災から10年」

今年で東日本大震災から10年が経ちました。10年経った今でも、家族や愛する人を失った苦しみから解放されていない人々や放射能に汚染されたとして差別される方も沢山いらっしゃいます。 今、この場所にいる皆さんの内、何人に、あの日の記憶があるでしょうか。私が覚えているのはぼんやりとしたテレビの映像です。早口のニュースキャスターの声と流されていく街や人々。そこに呆然と立ち尽くす人たちの姿。あまりに非現実的な光景でした。小さかった私たちも中高生になり、この10年間の内に復興が進んできたといわれています。しかし、復興とはただ単に「もとに戻す」ということなのでしょうか?10年前から現在。そして更に10年、20年先の未来へ。被災者の方々とともに新たな希望を生み出していくことなのではないでしょうか。私たちは10年前、多くの尊いものを失うと同時に、命の脆(もろ)さや人々の協力の大切さを実感しました。現在、新型コロナウイルス感染拡大の中で、10年前と同じことを感じる日々を送っています。避けようのない出来事によって傷つき苦しんでいる方はたくさんおられ、支援を必要としていらっしゃいます。その中で、感染者やその家族、医療従事者に至るまで差別の対象となっている現状もあります。しかし、一人で復興できる人はどこにもいません。私たちが誰かに支えられ生きているように、私たちも誰かを支え励ますべきです。今、私たちは10年の時を経て、同じような現状に晒(さら)されています。震災のことも、新型コロナウイルスのことも。私たちが他人事(ひとごと)と思わず、被災者や感染者の方々の気持ちに寄り添うことができれば、苦しんでいる方々への誹謗中傷など、新たな悲しみは生まれないはずです。10年経った今だからこそ私たち一人一人が自覚を持って、互いのことを思い、支え励まし合いながら未来へ向かっていきましょう。

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父である神よ、すべての人に限りないいつくしみを注いでくださるあなたに、希望を信頼をこめて祈ります。東日本大震災によって今もなお苦しい生活を送り、原発事故によって不安な日々を過ごす人々の心を照らし、希望を失うことがないよう支えてください。また、亡くなられた人々には、永遠の安らぎをお与えください。すべての人の苦しみを担われたキリストがいつもともにいてくださることを、わたしたちがあかしできますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

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感謝と祈りのうちに

 

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